

昨年9月、駒沢大学駅で長年地元のみなさんに親しまれてきた住吉書房が閉店。そして、その場所に今年4月、千歳烏山から、乳児期からティーン思春期までの心と発達を支える「どんぐり発達クリニック」が移転開院しました。新しく院長となった藤井明子先生は、桜新町の「さくらキッズくりにっく」の元院長で、現在は児童発達部門統括を務めます。3人の子の母でもある藤井先生の子どもたちへのまなざしはとてもあたたかく、そして紡ぐ言葉はカラッと爽やか。今回は、クリニックや子どもの発達についてだけでなく、子育てに悩むお父さんお母さんへのアドバイスやメッセージも伺いました。
【どんぐり発達クリニックとは】
小児神経科医、児童精神科医、作業療法士、言語聴覚士、心理士、保育士が連携して子どもの発達の相談にのり、成長を包括的にサポートするクリニック。子ども一人ひとりの特性に合わせた、言語療法、作業療法、カウンセリング、地域での療育、内服加療などの治療方針を立て、具体的な困りごとに応じた効果的な支援をしてくれます。
特性をほどほどに乗りこなし「自分で大丈夫」と思えるように
ーー子どもの「発達」にフォーカスを当てて診るクリニックということですが、「どんぐり発達クリニック」で大事にしている考え方を教えてください。
【藤井】 ここでは、医師だけでなく、それぞれの専門分野のプロが子どもを包括して診ています。成長を見守り、親御さんに寄り添うクリニックでありたいというのが私たちの土台です。特性があるお子さんが来院しますが、もちろん苦手なことはあるし、特性もある。その中で子ども自身が「自分は自分で大丈夫」と思って社会生活が送れることを大切にしています。色々あるけれど、「心が育っていれば結構大丈夫だよね」ということが結構あると思っています。その視点はいつも持つようにしています。
ーー診察中はどんなことを心がけてお子さんに接しているのでしょうか。
【藤井】 何よりもまず、お子さんに安心してもらい、子ども自身に語ってもらうことを大切にしています。診察室に入ってきたときには、いちばんにその子と目を合わせて、声をかけます。
ーーそれはどんなお子さんにもですか。
【藤井】 はい。言葉を発しない子も、目を合わせてくれない子も、年齢も関係なくみんな同じです。受診のきっかけは、親が「心配だから」という理由が多いので、子どもたちはよくわからず連れて来られるんです。だからまずは「よく来たね」と伝えます。
ーー初診はどのくらいの年齢のお子さんが来院でしょうか。
【藤井】 小児科の範囲で幅広いですね。1歳から高校生までいます。ただ、幼稚園や保育園で集団行動が始まったタイミングで来る方が多い傾向にはあります。集団生活の中で上手くいかないと本人が思っていたり、言われたりして、なんとなく生きづらさを感じている子もいます。
ーーまだ自分の言葉で説明できない小さな子や、困り事を抱えていても表現できない子とは、どのように信頼関係を築いていくのですか。
【藤井】 「コミュニケーション」と考えたときに、言葉はそんなに重要ではなくて、どういう目線で何を見て、どんな仕草をするかな、というところに注目しています。診察室にある絵本やおもちゃを使って一緒に遊ぶこともあります。その子が好きそうなことは何かなと、想像しながら接しています。

ーー受診した子どもに診断をするのは、長い時間がかかるものでしょうか。
【藤井】 初診の段階では診断ではなく「みたて」と呼んでお伝えしています。診断というと確定という感じがしますが、子どもたちは日々変わっていきます。今の時点では言葉が遅れているかもしれないけれど、一生遅れ続けるかというとそうではない場合もあります。育ちのペースと形がその子によって違うんです。診断するまでに長い時間がかかるかという観点では、特に心配するような様子はありませんよと初診で終わる子もまれにいますが、数か月通う子もいますし、何年も通う子もいます。お子さんの状態によりますね。薬を処方して治療していくという、一般的な内科のクリニックなどとは違う考え方になると思います。
ーー「発達外来」のクリニックの門を叩くのは、小児科や耳鼻科に子どもを連れて行くよりハードルの高さを感じることもありますが。
【藤井】 そうですね。ただ、ここに来る方たちは「小児科では大丈夫と言われたけれどやっぱり心配で」とおっしゃることが多く、ここで話をするとことで安心していくこともあります。お子さんも自分の心をチューニングする場所として拠り所にしてくれています。「発達障害」という言葉が一般的になり、わが子がそうかもしれないと不安になったときに、本やウェブにはないオーダーメイドで向き合ってくれる専門家がいる場所と思っていただければいいかもしれません。
ーー藤井先生は外来にきた親子が「来てよかった」と思えるお土産の言葉をかけるようにしていると聞きました。実際にどんな言葉を伝えているのですか。
【藤井】 子どもが変化しようとしている「成長の芽生え」を伝えるようにしています。先日、園に行き渋って、友だちと関わろうとしない子の相談がありました。その子とは、はじめは診察室でも目が合うことはなかったのですが、最後に声をかけたときに私をチラッと見て、手で合図をくれたんです。お母さんとしては「まわりの子どもたちみたいにできない」と悩んでいるけれど、私と関わろうしてくれたんですね。「〇〇ちゃんのペースで少しずつ世界を広げようと成長していますね」とお母さんにお伝えしました。そうすると、親御さんも、「そういう小さな変化を見れば良いんですね」と新たな気づきがあった様子でした。

ーー発達障害は「治す」治療になるのでしょか。
【藤井】 治すよいうより、自分の特性をうまく乗りこなす方法を一緒に探して、身につけていく感覚です。治すというと長所まで型にはめて潰してしまうことにもなりかねないので「特性はあるけれど、社会生活にほどほどに支障ないくらいに付き合えるようにしましょう」と提案しています。
3児の母である藤井先生に聞く子育てーー
ーー藤井先生は、高校2年生の娘さん、中学1年生と小学4年生の息子さんの3人のお子さんを育てていらっしゃいますが、母として医師として心掛けていることや言葉かけはありますか。
【藤井】 まだ子どもたちが小さかったころは記憶がないくらい大変でしたよ! 専門家であっても皆さんと一緒です(笑)。 知識として、見留める(みとめる)ことが大切だとは頭ではわかっているけれど、毎日が慌ただしくて「そんな優しい言葉ばかりを言っていられない」という感じの時もありました。だから、小さいお子さんを育てていて、とても大変なんですというお父さん、お母さんたちの気持ちは、よーくわかります。言葉かけよりは、話を遮らずにきく、聞ききるという方が大切かなと思い、聞く時間は大切にしています。
ーーわが子に育てにくさを感じたときに、親御さんはまずどう受け止めていけばいいのでしょうか。
【藤井】 困りごとにもよるのですが……。まずは「他の子と比べていないか」と考えてみるといいと思います。一旦止まって「半年前よりはここは育っているね」など過去のその子と比べると成長がわかりやすいです。今現在の困りごとにフォーカスしすぎずに、必ず成長もするし、終わりもくると少し気楽に構えてみてください。子どもって本当にすごくて、日々変化しているんですよ。
ーー日々忙しい親御さんが多いですが、日常生活で子どもに「あなたが大切」という思いを伝えるための具体的な方法はありますか。
【藤井】 私も仕事をしながら3人育てたので、時間をたっぷりかけて子育てできたわけではないんです。でも1人1人と過ごす時間を少しでもつくったり、時間がない分、ひとつのアクションを大切にしました。
ーー思春期のお子さんたちとのコミュニケーションに難しさを感じている親御さんに向けて、アドバイスはありますか。
【藤井】 それはもう、「見過ぎない」ということ。もう両目をつぶる気持ちでいいと思います(笑)。いろいろ言いたくなるけれど、言うのは最低限のことでいいんです。ごはんを食べること、睡眠時間をちゃんととることなど、生活リズムだけ。そのくらいの気持ちです。適切な距離感がとても大切な時期ですね。
それから、子どもの興味があるものに、自分が興味がなくても関心を持ってみるといいと思います。診察室で話していても、親御さんが「子どもがYouTubeで何を見ているのかわからない」とか「どんなゲームをしているのか知らない」ということが多いんです。まずはそこを知ってほぐしていくのがいいと思います。
ーー本人は特に不自由を感じていないけれど、親として「この子は発達障害かもしれない」と思ったときは診てもらったほうがいいのでしょうか。
【藤井】 例えば、ものすごく視力が悪い人がメガネをかけて初めて視界良好な世界を知るように、本人はずっとそれで生きてきたけれど、実はもっと生きやすい方法があった。という発見につながるかもしれません。そういうきっかけになると思うので、心配があればお子さんといらしてください。
ーー今後、クリニックとしてやってみたいことや展開はありますか。
【藤井】 待合スペースでの読み聞かせやカフェイベント、親御さんやお子さんたちがそれぞれ集まるコミュニティサロンの開催を考えています。通常の診察と合わせて、子育てのヒントをみなさんと一緒に探っていきたいと思っています。


どんぐり発達クリニック
〒157-0011 東京都世田谷区上馬3丁目18−11 エルフレア駒沢1階
【休診日】・日曜・祝日 第1・3・5木曜日、第2・4土曜日
第2・4木曜日、第1・3・5土曜日は、09:00~12:00/13:00~17:00に診療を行っています。

text / shino iisaku
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