早稲田落ちた次の日に下北沢に行ってカフェに(笑)。落ちたけど、コーヒーは飲みます
- 話し手
- 20代女性
- 聞き手
- 今関あずみ
ちっちゃいころってどんな感じだったんですか?
私がちっちゃい頃は、うちのお父さんとお母さんがすごく仕事を中心にしている人なので、私の生活とかはあんまり興味がないみたい。
意見とか、あの。アドバイスとかは。うん。なにもない。ただ仕事してる。
だから私が子供の頃からおばさんの部屋に住んでた。
私のお母さんとすごい仲良くて、自分の娘みたいに育ててくれた。私のお母さんとお父さんは、私のことすごく愛してくれるんだけど、教育とか他の部分はあんまり考えてないので。休みの日とか春休み夏休みずっとおばさんと一緒に行って。おばさんがけっこう日本文化とか美術とかお茶とかいろいろ興味があるので、子供のころからおばさんが私を連れて行って。海外旅行とかいろんなところに連れていかれました。
私の性格は子供の頃の影響が多いですね。
そうなんですね。小学校くらいが多いですか?
小学校。うーん。小学校6年生までは両親と暮らしてて、お母さんとお父さんはすごい厳しい人でした。12歳まではすごいしっかりしてて、おばさんが授業だけじゃなくて、教養とか美術とかセンスとかいろいろ教えてくれて。そのときはもう判断力もあったのでこっちのほうがいいと思う。それでうち、子供のころから自分の部屋じゃなくておばさんの部屋に住んでた。だからちょっと普通の同じ年齢の子より気が早い。みんなより例えば、汚いところをみたら拭くとか。ちょっと。うん。いい子のフリしてたかな。
あの頃はまだ子供だけど。うん。でもいい子じゃなかったら、おばさんが私のこと好きじゃないかなと思ったので。すごい頑張って勉強して、家事をしたり。でもおばさんは私のことすごい好きで。弟が勉強することは私も全部勉強する。例えば、弟が絵を勉強するとき、私も行く。弟が新しい鞄を買うとき、私も新しい鞄を買ってくれる。
あ、平等に。
そう。そうそう。だからお母さんとお父さんとあんまり話してなかったかも。いまも同じ。中国に帰っても1週間に一回くらい。あんまり会ってない。忙しい。
でもお父さんとお母さんもすごい仲良しです。毎日メッセージ送って「お父さんお母さん大好きだよ」とかメッセージを毎日送ってる。でも私の勉強とか仕事とかあんまりわからないのでそっちもわからないし、こっちもわからない。ただお互いの愛を確かめて確認してる。
エネルギーがあるから。とくに銀杏の木
どういったお仕事されてるんですか? ご両親。
2人とも会計士。
数学を勉強していて、2人は経済大学の同じクラスの人だから大学で恋して結婚して。でも私は 両親と違って理科がぜんぜんできない。
どういう影響がいちばん強いなみたいな、思いますか?
いちばん強いのはおばさん。おばさんは料理もできるし、きれいな人。みんなに優しい。私、娘じゃないけど本当自分の娘より優しくしてくれて。あとは経済的にも精神的にも頼りにできる人。説教とかは言わないけど、見てるだけで影響が大きい。
仏教美術とかの興味はおばさんの影響が強そうですね。
そうそう。中学校を卒業したら、高校に入って。高校は普通の高校じゃなかった。伝統文化の高校。
お茶とか琴とか儒教とかそういう分野の学校で、そこで3年勉強して。次どこ行こう、大学に行くとか仕事をするとか迷って。そのときはおばさんが「日本に行ってみたら」と言って、日本に来ました。
おばさんは10年前から京都の先生のところに月一回通って、いま准教授より高い免許で、生け花の先生。私が日本に行って毎週おばさんと定期的に連絡をしてる。例えば「最近なにしてるの」「日本の文化はなにを勉強した」とか。おばさんは日本大好きなんで。
私、東京に来てからずっと駒沢です。大学の4年間は線路の向こう側で、去年から深沢に引っ越してきて、すごく穏やかな時間。でも他の駅みたいにショッピングモールとかなにもない。駒澤大学も他の大学みたいに、広くてきれいな感じじゃない(笑)。
なんか駒澤…。せまい…。でも駒澤大学、好きですけど(笑)。エネルギーがあるから。とくに銀杏の木。
三号館の前の?
そう。あそこ、駒澤大学の中心。ほんとに歴史も深くて。駒澤大学に帰ったらなんか、家に帰ったみたいな。落ち着く感じ。
駒澤を選んだのって京都時代ですか?
そう。京都で選んだ。1年間日本語を勉強して、進学するってときに。
そのときは留学生試験、大学に入る前に留学生に試験があって。地理とか政治とか経済とかと、日本語と英語と数学。この試験を受けて大学を決めなきゃいけないときに、静岡教育大学と北海道教育大学と大阪教育大学を受けてみた。でもなんか急に駒澤大学のHP、仏教学部のHPで「いまさら仏教を勉強してる人がいる」みたいなメッセージを見て、え! 東京でこんなところがあるんだって。それで駒澤を調べたら仏教を勉強するのは、お経を読むんじゃなくて、坐禅をするんじゃなくて、仏教の歴史とか美術とか哲学とか文献学とか。いろんな分野の仏教があってほんとにおもしろいなと思った。あと総合大学だから、京都教育大学より個性的な感じがある。京都にも仏教大学はたくさんあるけど。
やっぱりそうなんですね。
そう。京都大学とか龍谷大学とか。高野山も高野山大学がある。
あのとき、2019年の11月まだコロナがなかった。まだ流行ってなくて。じゃあ私やっぱり東京に行ってみようかな。で面接を受けて、部屋を探して。2020年の3月引っ越して、東京に。せっかく日本に来たので、東京に来てみたい。京都も大好きだった。でもやばいのは、引っ越ししてからコロナが流行ったこと。
いままででいちばん好きな人。えへへ
1年生のときからコロナか。
そう! なんにもできない。一人で部屋で引きこもって、絶望。ティッシュも買えない。全部なくなった。友達も誰もいない。あと大学のネットとかの登録、あの作業がほんとに難しかった。あのときは日本語がぜんぜんできなかった。全部PCでやる設定は、対面じゃないので、多くて。
せっかく私日本に来たのに、日本人と会えないのはほんとに苦しい。ほんとにメンタル的には無理だったから、東京の部屋を借りたまんまで京都に帰った。京都の友達の部屋に1年遊んでたり。日本語学校の友達。私のいちばんいい友達。いまは横浜で就職してる。
あの頃も恋愛とかしてた(笑)。弱いから。で2年生のとき、1年生の最後12月のときになんかちょっと対面授業ができそうなので東京に帰って、京都の彼氏と別れて。東京に帰ったらすぐに茶道部に。1年生のとき、茶道部に入ったら私一人しかいない。そのときは同期の子はいない。
同期は2年生のころから入った。私は、授業ができないからとりあえず部活やってみようかって。それで始めて稽古に週2回くらい参加して、みんなも優しくて。留学生の部員はいままでいなかったみたい。で、茶道部を始めたら初めて大学で、友達じゃないけど、知り合いができました。
ここでは一人じゃない。茶道部のみんながいましたので。大丈夫だと思いました。東京に帰ってきて、2年生の頃から元カレと付き合って、で、3年生4年生の前半部分は元カレと部屋を探して、駅の方の部屋に住んでた。あの3年間はすごい穏やかな生活をしました。ぜんぜん喧嘩もしない。なんもしない。
喧嘩もなかったんですか。
うん。ただ生活。あっちは仕事、私は勉強。結婚10年目の夫婦みたいな(笑)。でも恋愛の感じはなかった。ただルームメイト。そのときは一生懸命早稲田に入ろうと思ってた。すごい勉強してた。で、茶道部もちゃんとやって、学芸員資格もちゃんと取って。いろんなところで遊んでたりして、写真をいっぱい撮って。楽しかった。あんまりストレスはなかった。で、4年生になったら急に大人になった。あ、このまんまじゃだめだって。あとは自分の恋愛も、青春はいましかないからやっぱり好きな人といたい。だから彼氏と別れて、でいまの彼氏と付き合いました。
いままででいちばん好きな人。えへへ。
素敵。
付き合って、自分の将来について考えた。で、10月に早稲田の試験に落ちてから、私、これから就職したい。勉強じゃなくて、仕事の方にいきます。それでいまになった。いまアルバイト4つしています。
早稲田はいつから意識してたんですか?
1年生2年生のころ。コロナからもっといい大学の院に入ってって。先生が定年になるのはしょうがないです。すごいショック。1か月ずっと泣いてた。なんで落ちるのって。理解できなかった。私はそんなに優秀じゃないけど、他の留学生に比べたら、どうしてって。頑張って勉強したのに。試験の問題も全部合ってた。だし、問題用紙を持って帰って、日本語もそんなに問題はなかった。だけど落ちた。実は去年は一人も入らなかった。早稲田の東洋美術は先生が2年で定年になるので、誰もいらなかった。
先生は言ってくれなかったよ。ずっとメールとか、メッセージを送って。「いいですよ。受けてみたら」と。そして先生のゼミに連れて行ってくれて。でも教えてくれなかった。でももう一つの方法はもう1年浪人する。でも先生は定年になるから別の先生に受けないといけない。でも早稲田の東洋美術の先生は一人しかいない。あと東京大学の東洋美術も無理。サンスクリット語が無理。
こんなに信頼してくれるから。絶対失敗したくないので(笑)
あ、サンスクリット語があるんですね。ひぃ。
そう。東大も無理だし、あとは大阪大学も先生がすごい厳しい。大阪大学の説明を聞いて、先生と会ったけどそっちも無理。ん-、私夜行バスに乗って、大阪行って「無理」って言われたってほんとに泣いて。悲しかった。去年の9月と10月はずーっと進学。大学院に行くために一生懸命だったけど全部が無理だった。どこも入れない。すごい落ち込んで。
うーん。
大学も大学院も勉強したい人たちのためでしょ。私はそんなに優秀じゃないけど、勉強したいです。ちゃんと学費を払って、勉強したいです。なんで、いらないの? ずっと考えて、諦めた。たぶんこれは私の人生。だから大学院が無理なら、私がいままで勉強した知識を使おうと思って、だから日本に就職したい。でもこのときはもう就職は遅い。だから駒澤大学の院を、まだ間に合うから。だから説明会に参加して、で、駒澤大学を受けた。駒澤の院も簡単じゃないけど、まあ勉強して大丈夫。駒澤に入って、ビザは取れました(笑)。
よかった。悲しい時期だったんですね。
そう。あと彼氏も上山するので。でも若い頃はいろんな不公平とか、そんなに順調じゃない道を歩いて。すごい勉強になるよ。私もそんなに暗い人じゃない。大変だけど、例えばおいしいものを食べたり、きれいな写真を撮ったりとか。毎日ハッピーに生きたい。早稲田落ちた次の日に下北沢に行って、カフェに(笑)。落ちたけど、コーヒーは飲みます(笑)。
大事(笑)。
すべてじゃないから。成功するのか失敗するのか、楽しいとか楽しくないとか。どっちもあるので。全部決めるのは自分。どうやって生きていきたいか決めるのは自分だと思う。だからいまは就職が落ち着いて、日本で生活できるように。
院に進むときもおばさんに相談したんですか?
そうです。院に行くのはお父さんお母さん反対してたんです。
日本に行くときも反対してた。なんで日本に行かなきゃいけないんだって。おばさんは、子どもは自分の人生があるからって、両親として子供の意思を支援するしかできないんだから見てあげてねって。でも元々大学院は早稲田に行きたかったです。けど無理だったので。うん。だからお父さんとお母さんは早稲田じゃなかったら、別にいかなくてもいいみたいで。
でも私、やっぱりいままで勉強してたことをあきらめたくないから。あとは彼氏と一緒にいたいので(笑)。だから大学院も無事に良かったです。おばさんも私のために、「お母さんとお父さん絶対に支援しなきゃ」って。すごい頑張って仕事して恩返ししたいです。
素敵ですね。
こんなに信頼してくれるから。絶対失敗したくないので(笑)。
修士が終わったら一回就職されるんですか? 博士は?
博士は行かないと思う。就職する予定です。旅行会社かな。中国で会社をつくる。自分で会社を作ってみたい。ちっちゃい会社でも大丈夫。業務があれば。でもいまはなにもわかんないからとりあえず勉強します。うん。修士卒業したらビザを取りたいのでたぶん就職する。3年ぐらい。
いきなり会社作っても無理だから。とりあえずバイト先の社長と相談して、たぶん入社できると思うので、正社員になって。もしいまの会社でうまくいけたらいまの会社でずっと働いても大丈夫だと思います。
いい会社なんですね。
こんなところで茶室を作って、教室するのは本当にすごいと思う
うん。自分の実家もおばさんが教室してるから中国にこっちのお客様を連れていける。いまの会社と連携して。取引先として両方持ってるから。
その可能性があるだけでめっちゃ強いって言うか、かっこいい。
9月16日から24日、私が初めて一人で担当してる団体が中国から行くよ。25人。永平寺と高野山も行く。美術とお寺中心に。一人で担当します。準備がすごく大変です。毎日このために仕事してる。
高野山は人気なんですか?
人気です。やっぱり密教は中国にはもうないので、見えるのはチベットと日本にしかない。真言宗。密教は禅宗と違って曼荼羅とかきれいなものがあるでしょ。道具とか大事にしてるよね。これを三密。身密と口密と意密。大日如来に生まれ変わるみたいな。これは中国にはない。だから日本に来て、高野山きれいだし宿泊もあるし料理もおいしいし。
あと大阪にも近いから。永平寺より近い。
永平寺はちょっとアクセス悪いですよね。
そう。だからみんな、永平寺は行かないです(笑)。でも今回は行きます。私が案内しました。ちょうど彼氏が大庫院から出て案内係だからそのときはたぶん彼氏が「七堂伽藍でございます」って言って、私が隣で中国語で翻訳して。
素敵じゃないですか! 私が見に行きたい。
やってみたいな。できればいいけど。おばさんが日本に行くとき、ぜひ会いましょう。
いいんですか。中国語を覚えなきゃ。中国語の中でもどういう言語なんですか? 広いじゃないですか。
そうそう。種類がある。貴州は中国の西、左のほう。四川語みたい。四川料理の四川。
だからわからないときはわからない。私たちがなに言ってるか。半分しかわかんないときもある。発音もぜんぜん違う。いちばん難しいのは広東語。
あー。なんか先輩の地域の独特なものとかあるんですか?
少数民族がいる、貴州。名族とか。私は漢民族。風習みたいなのはあんまりないかも。歴史とかもあんまりないと思う。昔は中国はやっぱり西安とか北京とか中心だから。貴州はちょっと外れてる。隣は雲南州とかチベットだから。
そういうところから伝統ある茶道とかされてるの意外でした。
そう。だからおばさんがすごいですよ。貴州は本当に知識人とか文化とかあとは文章とか技術とかあんまりなかったんですね。だからこんなところで茶室を作って、教室するのは本当にすごいと思う。
いい環境。うん。ほんとに。でも日本もほんとにいい国だよね。

あと文化も修行も大好き。
でも自分の子どもの面も大事にしてる。子どもでいても大丈夫
さすがですね。元々仏教徒だったんですか?
そう。仏教徒だったんだけど、仏教はあんまりわかんなかった。お経唱えるとかチベットとかインドとか、毎日こんな感じで私は仏教をやってるけど、実はほんとにわかんなかった。仏教の歴史とか。
先輩が仏教の中でとくに興味があるのが仏教美術?
唯識にも興味があります。あと原始仏教。やっぱり知恵の最初の教えなので。いまの教えはぜんぜん変わってるよね。中国の禅宗の公案とかも全部後ろの人が書いてるだけで。あと達磨さんも本物の人かまだわからないです。ただ、仏教はすごい哲学みたいな教え。人間の知恵。私の信仰してるのは仏教。だけどいまの仏教ではない。仏教の知恵です。お釈迦様の作った内容がいったいどんなものか。
あとは意識について勉強したい。意識をコントロールしたい。あとはほんと苦しみを感じないのか。苦しいですよ、人間は。本当に苦しい。この苦しみから逃げるんじゃなくて超えるっていうのを習得したいです。悟り(笑)。悟りたいです。だから原始仏教の勉強がしたい。ぜんぜんできないけど。
だいぶ難しそうですね。
美術はあくまでも美術。これは将来性もあるから。美術は見えるものだから、仕事でも使えるし。やっぱりみんな日本に来て、見たいでしょお寺とか美術館とか博物館。
でも心の中でははっきりわかってます。なにがいちばん大切なのか。いちばん大切なのは教え。美術は手段。仏教美術は本当にきれいですけど。
禅宗は美術が少ないですよね。
そう。少ない。仏像も少ない。禅宗はちょっと複雑です、実は。なにも残ってないから。仏教の中でいちばん難しいのは密教と禅宗。密教はいちばん複雑。禅宗はいちばん簡単に見える。なんかただ只管打坐とか六祖恵能もぜんぜん知識人じゃないけど悟りを開いて六祖になった。それすごいですよ。だから禅宗は難しい。私、勉強はあまり、深く追求したことがないから。あまりわかんないですよ。
あと日本の禅宗には永平寺があるでしょ。中国にも禅宗はあるけど日本みたいに自由に発展することができない。やっぱり政府とか政治の関係でコントロールされてる。
例えば、こんな話をしているけどこんな話はダメとか。制限されてる。
日本とぜんぜん違いますね。やっぱり。
うん(笑)。
私は子供みたい。ほんとに。ときどき。
そんなそんな。どんなときに思うんですか?
うーん。かわいそうな人を見たら、すごい助けてあげたい。まだ心がちょっと弱いと思う。この世界の暗い部分にまだ納得がいかない。人間の暗い面とか、あとは例えば渋谷に行くとき、電車に座って表情がない。暗い顔をして。その場面を見たら心が痛い。あとはまだ戦争してる国と見たら。でも本当の大人ならその存在に納得できるかも。
あとは地震とか。死ぬのが怖い。死にたくない(笑)。だからそんなに強くはない。
でも自分の子供の面も大事にしてる。子供で居ても大丈夫。
実は私の小さい頃は明るい。そして自分が大事。例えばここにオレンジがあって、自分が絶対食べたい。でもおばさんの部屋に住んで、大人の前に弟に「先に食べて」って。そして段々弟が先に食べてもいいよって、私は食べなくてもいいよって性格になりました。
おばさんの影響で違う性格になったんですね。
そうそう。私のお父さんとお母さんは人と話すのが怖い。2人は友達もいない。2人だけで愛し合って本当に中学生みたいな恋愛してる(笑)。他の人はいらない。
私の性格とお父さんとお母さんが違う。正反対。たぶん私の結婚式のとき、会えると思う(笑)。
理想みたいなのはあるんですか?
想像したことない。まあたぶん、長いドレスがいいかな。あとはなんか、お坊さんと結婚するなら露出しない方がいいところとかあるから。でもなにを着るかは私の自由です(笑)。
生活史を聞いて:ミニインタビュー 今関いずみさん
書いてゆく作業はすごく楽しかった。先輩と話しているような感覚が、ずっとつづいていて
参加しようと思ったのは?
ずっと本が大好きで読んできたんです。けど書いた経験がない。作文や読書感想文もそんなに真面目に書いてこなかった。
「書いてみたいな」と思いつつ過ごしてる中で、通っていた大学の近くでこういうプロジェクトがあるのを知って。
4年間ずっと駒沢にお世話になって。(この生活史を聞かせてくれた)先輩のような素敵な人との出会いもあって。大学の茶道部で知り合った先輩で。ずっとよくしてくださるいい方で。「これなら一所懸命書けるかも」、と応募しました。
「書けていない」気持ちがあった。
たぶんずっとある。文章書ける人かっこいいな、と思っていて。
いちばん好きなのは夏目漱石です。それで英米文学科に入った。文豪のエッセイとか、日常のことまでちゃんとかっこいい書き方をしてるな…というのはずっと思っている。
聞きたくて参加した人もいると思うけど、今関さんは「書いてみたい」という動機だったんだ。
「聞いてみたいから参加する人も」って、いま聞いてびっくりしました(笑)。
書いてゆく作業はすごく楽しかった。先輩と話しているような感覚が、ずっとつづいていて。
けどやっぱり削らなきゃいけない。「ここ削ったら、先輩悲しんじゃうかな」とか。「こういうところ削ると、人柄の印象が変わってきちゃうな」とか。そういう難しさはあった。
でも先輩も、読んですごい喜んでくれて。「こういうところまで深く話したことがない」って。
人生をあらためて振り返って、ほかの人に話した経験がなかった。だからすごい嬉しかったって。
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