またね、切り替わる時が来るかもしれないから、今ある仕事を、最大限にやるしかないと思って(笑)
- 話し手
- 40代女性
- 聞き手
- 佐倉みゆき
お生まれはどちらなんですか。
大阪です。大阪の…若干南の方です。高校卒業までいて、大学からこっちに。
どんなところでした? 思い出とか。
…大阪の思い出……なんだろう。…えー…考えたこともなかった…(笑)。
思い出はちょっと思い浮かばないんですけど…ここと雰囲気は似てます。
この辺りと似てる気がします。
都心部まで電車で15分ぐらい。最寄り駅まで歩いて15分くらい。三軒茶屋とか駒沢の駅まで、ここから歩いても15分、20分ぐらいじゃないですか。あとチンチン電車が走ってて、それが世田谷線っぽいかもしれないです。
あと、なんかこう、歴史がある場所なんですね。大阪市より、どっちかっていうと、古い街並みがある感じの場所でしたかね。だから、昔からやってるお店とかも多くって。…うん、なんとなく似てる気がします。
偶然似てたっていうのはすごいですね。
偶然なのか…そうですね。
私、東京に来てから、「更新」のたびに引っ越してたんですよ。更新せずに新しいとこに引っ越したくて。
…ずっと田園都市線界隈だったかな。
駒沢ってすごいいい場所なんですけど、住んでみて「あれ?」と思って(笑)。自転車で、よく遊びに来てたんですよ、こっちの方まで。
カフェがあったり、お魚屋さん、お肉屋さんがあったり…商店街もすごい楽しかったし。個人の商店が多かったから。それで引っ越してきたんですよね。引っ越し魔だったんですけど、やっと安住の地を見つけた。
安住の地を見つけた!
この場所が、なんか…心地いいというか、ほどよい…感じだなって。2011年に引っ越してきたんで、もう14年。海外から帰ってくると「あ、ほっとする」って感じはありますよね。なんか実家に帰るときより、ほっとするかもしれない。東京の方が。
住むところになにを求めるか、それぞれだと思うんですよね。駅から近いとか、利便性がある町、それこそ三軒茶屋みたいに。それはそれで便利なんだけど、毎日毎日それって必要ないじゃないですか(笑)。
だから、これぐらい距離がある方が静かだし。
でも、ちゃんとスーパーもあって、コンビニもあって、銀行もあるし、郵便局もあるし(笑)。
あと、その…商店街ですよね、私が一番いいなと思ったのは。だから、うん、すごいここの雰囲気は好きですね。
時間がちょっとゆっくり流れるような気がするな
大阪でチンチン電車を見ていたから、懐かしいって感じもあるんでしょうか。
やっぱり東京にこんな路面電車、こんなにも駅と駅の距離が近い…住宅街の中を走る電車があるってことを知らなかったし。だから「え! こんな場所があるんだ!」みたいな感じはありましたね。
人の話であれなんですけど、取材した料理家さんが言ってたのが、特急とか急行みたいな電車が東京って多いじゃないですか。そういうスピード感に、東京にいると慣れちゃう。
そうじゃなくて一駅一駅止まる、こう…ガタンガタンっていう感じの小さい路面電車。しかも2両しかなくて。三軒茶屋から電車に乗ると、家に帰るまでに、だんだんこう…スピードをゆるめる感じがして。自分のリズムに合ってるっていう話をしてて。
なんか、すごく、それがわかるなっていうか。
私がこの辺りを好きな理由も、そういう感じなのかもしれないな。時間がちょっとゆっくり流れるような気がするなって。急がなくてもいいというか。
そうだ、東京に絡めて話すると、大阪って(気温が)あったかいんですよ。東京よりぜんぜん。だから私、東京より北に住める自信がないです。もう寒くて寒くて、ほんとに耐えらんないから。
でもさすがに最近の東京の暑さが、耐えられなくなってきて。ほんとに今後の生きてく場所みたいなのを考えていかないとなって思うぐらい。東京がもう私の中の最北だし、夏の辛さでももうギリギリギリなので、どこに住めばいいんだろう(笑)…みたいな感じは、ほんとに思います。
いまやっている仕事が、結構、東京に限られる仕事が多くって。だからしばらくは、離れられないんですけど。東京に縛られないで生活できたらいいのになって。それはずっと思っています。
じゃ、いつかなんかのきっかけで動くかもしれない。
仕事辞めたら移動します。たぶん東京にいる意味はないから。
この仕事って、たぶん体力があれば…もちろん村上春樹みたいに書ける…瀬戸内寂聴さんみたいに書ける…ずっと書ける仕事でもあると思うんだけど、自分が作家とかにならない限り、その歳まで外注の仕事は続けられないと思うんですよね。
だから50代…いっぱいかなって思ってるんですけどね。そのあとは悠々自適にどっかで暮らしたい(笑)。難しいと思いますけど。
だからフリーランスの老後って、どんなふうになるんだろうって、すごい気になるから、取材してみたいですね。60代、70代、80代の方の、そのときそれぞれにマッチしたものが必要とされるんだったら、たぶん、そこに生きる活路があるのかもしれないし。
インタビューの仕事だったら、年代問わず、できることだとも思うから。
そう、いま、私、実はインタビューの仕事をいくつかしてて。それがすごい楽しくて…。
なんだろうな…やりたいことと、お金を稼ぐための仕事って、私、どっちも必要だと思ってて、生きてくためには(笑)。
どっちかだけじゃやってけない部分もあるじゃないですか。その両輪が、うまい具合に稼働してるときがすごい順調な気がするから。
やりたいけど、ギャラがすごい安いとか、いっぱいあるんですよね、この業界って。もうボランティア?みたいな金額のときとかもあったし。
いまやってる仕事が、ちゃんともらえるお仕事だから。しかもそれがすごい楽しいので。
いまは…気持ちが軽くできる感じはしてます、うん。
気持ちが軽くって、いいですね。
そうじゃないと、次の仕事に取りかかるフットワークが「いつでも動けるよ」ぐらいの、軽さがないと。
固定の仕事って、あったらすごいありがたいんだけど、でも、それにとらわれちゃうのも、あんまり私は好きじゃなくて。
この仕事って、毎回企画が違ったり、毎回違うところを取材したり、毎回、会う人会う人って違うじゃないですか。それがすごい新鮮な気がするんですよね。それが楽しい。
すっごい忙しかったんですけど、すごい楽しかったんです
ずっとフリーランスなんですか。最初から?
違います。なんとなく始めちゃって(笑)。…30のときだったと思います。
それまでは出版社さんとかで?
そうです。えーと、すごい就職氷河期で。会社に入ることが、めちゃくちゃ大変だったんですよね。そういうのほんとに苦手だから、初めからもう脱落してて。
でも出版業界に入りたかった。でも、試験…面接なんかに行くと、採用されるのってほんとに数人とかで、もう無理って思って(笑)。
そのときに、契約社員で入ったのが、とある出版社の人気キャラクターの部署だったんですよ。私はそのファンクラブの会報誌とかをつくってた。
すごい楽しくって、仕事自体は。子どもたちに取材したり、日本全国で大会があって、それの取材に行ったり。
いろんなとこに出張行って、海外にも行ったし。当時爆発的な人気だったんで。
それで、いろいろ…忙しくも楽しい20代を過ごして。
でも、父が病気になっちゃって。まだ20…そのとき、5とかだったんですけど。
ずっと闘病してたんですけど、いよいよ仕事を辞めて、家で看病しなきゃいけないみたいな。でも、会社のみんなに「辞めるなんてもったいない。こんなに楽しい仕事!」って言われたんですよね。
でもそのときは、一回リセットしたかった。すごい忙しかったし。だんだん子ども向けの仕事でお金儲けをしてることが…ちょっとストレスっていうのも、あったのかもしれないです。
でも辞めた直後に、父が亡くなっちゃって。「実家に戻ってきたのに?」「やめる必要なかった?」って、ただただ呆然…って感じで。
結局それから、しばらく仕事したくなくて。
2年ぐらい、貯金と。実家にいたんで、だらだら過ごさせてもらい。自分の好きなことしたりとかして、いままでの忙しかった分を取り返すっていうか。2年、ゆっくりさせてもらったんですよね。
でもやっぱ、いい加減働きたくなるじゃないですか、人間って不思議なことに。それで大阪で、何件か履歴書送って、就職活動始めたんですよね。
好きなFM局があるんですけど、面接受けたら、「あなた、大阪にいるより、やりたいことあるんだったら東京行った方がいいよ」って。その会社に入りたくて受けたのに、なんでそんなこと言われたのか、わかんないですけど(笑)、いまとなっては。
「そっか、私、東京に行くって選択肢もあるんだ。もう一回」ってそのとき思って、仕事を探し始めて。で、とある会社の契約社員の募集を見つけて。期限が、3年って決まってて。お給料も悪くなかったし。「え、超いいじゃん!」
(笑)うんうん。
そしたら書類選考に通って「面接に来てください。東京までの交通費はお支払いします」って。「東京、遊びに行けるし、ラッキー!」ぐらいの感じだったんです。もし落ちても、東京の友達に久しぶりに会えるから。
そしたら、受かっちゃって。
そこから3年、めちゃくちゃ忙しく働いて。タクシーでしょっちゅう帰ってたし。タクシーの中で爆寝して家帰るみたいな。
すっごい忙しかったんですけど、すごい楽しかったんですよ。
「ま、やってみっかー!」みたいな感じで(笑)
若いからぜんぜん平気だったってのもあるし、久しぶりの現場がすごい新鮮だったっていうか。すごい楽しくて。休みも有給もきっちりもらって。海外行ったりとか、お盆とか年末年始もちゃんと休んで。自分の仕事さえちゃんとやっていればいい、みたいな感じだったし、3年って期限決まってるから、どれだけ忙しくても割り切って「それまでは稼ぐぞー!」って。
でも、3年経って辞めたら「しばらくいいや。働くの」って。結構、頑張ったぞっていう3年間だったんで、辞めてからフラフラして。免許取ったり、旅行したり、のんびり過ごしてたんですよね、ずっと。
うんうん。
そしたら、「いま、仕事手伝ってくれる人探してるんだけど」って声かけてくれて。フラフラしているのを見かねた友達が紹介してくれて、出版社でアルバイト始めることになって。で、急きょ名刺が必要になって、名刺つくって。そしたら「原稿書いて」って言われちゃって。
それでいつのまにかフリーランスになったんです。
過去の記事を渡されて、熟読して、「なるほど、こういうふうな話を聞くんだね」…みたいな。そのジャンルの専門でもないような私が、話を聞いて。
それを原稿にまとめるっていうのが、初めてのことでむちゃくちゃ大変だったんですけど、でもすっごい楽しくて。よくあのとき、あんなにできたなって思うんですけど。
無事ちゃんとギャラももらえて。
で、その後も、またお願いされるようになっちゃって、それ以来。「あれ、これ、私、やってけんじゃない?」みたいな(笑)。
(笑)いいねー。
「あれ、これ、フリーでもやってけるのかな?」みたいな。仕事をお願いされるのがポツッポツッと増えてって。
「やったことないからできません」って言わずになんでも受けて。でも内心は「できるかな…?」みたいな(笑)。「ま、やってみっかー!」みたいな感じで(笑)。
なんだかんだフリーランスの蓄積みたいなのが少しずつ増えてって。「こういうことやりました。こういうこともやりました」って言える実績が増えてったんですよね。
…すぐ動ける人? フットワーク軽く、いろいろ動ける若い人…みたいなので使ってくれたのかなって。
いまも一緒に仕事してる方もいて、ありがたいし。当時、まだ何者でもない私に声かけてくれて、ありがたかったし。一緒の感覚で仕事ができる方も多かったし、すごい楽しくフリーランスやってこられた感じがしますね、うん。
まだまだ、ここからどんどん行けそうですね!
いやいやいや。実は私、去年初めて1ヶ月、なんにも仕事が無いときがあったんですよ。
いままで、ありがたいことに仕事が無くなったことがなくて、なにかしらはいつもあったから。べらぼうに稼げる仕事じゃないし、自分が食べていける分はっていうくらいで細々と仕事してたから、そんなガツガツ仕事してなくって。
無いときはないし、あるときはあるし、ものすごい波があるんですよ。どちらかというと結構のんびりやってたんですよね。コロナで減ったのもあったし、なんとなく食いつないで。
でも、だんだんと忙しくなってきてよかったーと思ってたのに、急にパタッと仕事が来ない月があって、去年。「え、やばい、今月なんも仕事無い!」みたいな。
いつもは、そんなこと言ったって、まあまあくるんですよ。なのに、ほんとに丸々1ヶ月無かったんですよ。で、そのとき初めて焦りました。「え、私このまんま何ヶ月も仕事無かったら…生きてけるのかな?」みたいに、急に初めて、クライシスが訪れたんですよ。
でも、もともと根がそこまで深刻じゃない(笑)…のもあって。ここぞとばかりに久しぶりに会えない友達に会ったりとか、読みたい本読んだりとか、部屋片付けようとか、いつもだったらやらないような、台所のシンクの下の掃除を始めたりとか(笑)。
むしろ、有意義にこの1ヶ月、使えちゃうじゃん!ぐらい、楽しかったんですよ。
でも頭の片隅では、初めて不安を感じたんですね。で、急に、求人サイト見たりして。「職ってあるのかな?」とか。フリーランスってなんだかんだ、先の仕事、次の仕事ってやっていったら、立ち止まることってないじゃないですか。でも、そのときに初めて、立ち止まったんですよね。
「来月どうしよう。いい加減、仕事しないと」って。
そしたら急に、翌月から、いままでで一番仕事が入ってきたんですよ。
自分の好きなことと、興味があることとの天秤で、なんとかやっていけるのかな
素晴らしい!
いやいやいや。なんか星が変わったのかなって思いました。
私、結構星占い好きで。信じちゃうタイプなんですけど、「星回りが切り替わったのかな?」って思うぐらい、自分ではなにもしてない。先月の私も今月の私もなにも変わってないんですよ。でも、周りが変わったっていうか。
めちゃくちゃ忙しくて、お断りしなきゃいけないぐらい忙しくなっちゃって。
そのあとの月も、そのまた翌月も…結局ずっと忙しくなって。
(笑)。
「いい加減、2024年までだったんじゃない?」って思ったら、2025年もすごい忙しくって。
でも、先々の仕事がずっとあるわけじゃなくて、月末までまっさらだったりもして。「またあのときの再来か…?」って思ったら、ド、ドド、ド、ドド、ドドドって、仕事が入ってきて…。
だからもう、「なんとかなるか」のメンタルでやってくしかないですよね。
先がなんもないことに不安感じるタイプの人だと、フリーランスってほんとにしんどいと思う。私は、「たぶん、なんとかなるかな?」で、この18年間やってきたから、そのメンタルで、ある意味良かったなっていうか。
もちろん不安はありますよ。「60超えてこの仕事できんのかなー」とか、「体力的に続くのかなー」とか。
でもご縁があれば、別に一人で食べていくくらいは、やってけるのかな。
その…むちゃくちゃ稼いだりとかはできないけど、自分の好きなことと、興味があることとの天秤で、なんとかやっていけるのかなって。
それが、でも一番楽。気が楽っていうか。
たくさん稼ごうと思ったら、それこそものすごい量の仕事を引き受けなきゃいけないじゃないですか。そうなったときに、クオリティって保てるのかなって思うし。自分がほどほどでやってけるぐらいの分量でしか、やっぱり受けらんないっていうか。
それがいまのところ、忙しいなりに、すごくバランスよく動けてるかなーとは思いますね。
バランスよく動けるって、いいですね。
でも、それがまたね、切り替わるときが来るかもしれないから、いまある仕事を、最大限にやるしかないと思って(笑)やってるって感じですかね。
正直なところ、24時間365日仕事、みたいなとこってあるじゃないですか。「こっからは休みだ」って決めないと休めないし、むしろ土日も仕事して、平日のどこかでちょこっと休んで、みたいな。
でも、自分なりの仕事のペースみたいなのを、自分で決められる。
それがフリーランスっていいなって思ったんですよね。
もちろん根無し草で、不安もあるんだけど。
でも自分で…(仕事を)受けるのも受けないのも自分が決められるっていう、自分に主導権がある働き方ってすごいなーって、いまとなっては思う。
お店の人は、お店開けたら、人が来てくれるのを待つ仕事じゃないですか。だから、人が来てくれなかったら始まらないですよね。
私も、もちろん仕事が来ないと始まらない仕事ではあるんだけど、でも、なんかもうちょっとそこに裁量というか…自分でハンドリングできる感じっていうのかな。
それがすごく最終的にはフィットしてる感覚があって。
フィットしてるように見えます。
本当ですか(笑)。海外に行くのが好きだから、自分が行きたいときに、行きたい場所に行けるっていうことがやりやすくなった…みたいなのもある気がします。

私の母と父が公務員だったから、朝8時とかから働いて、定時で帰ってきて、土日休み、みたいな仕事で。働くってそういうことだって思ってたんですよね、ずっと。
だから、こんな自由な働き方ってあるんだって、いまとなっては思うし。
ほんとありがたいなーって思ったりします
会社員だったときの方がやっぱ大変だったなって思うんですね。
会社勤めが向いてないって思う人もいるじゃないですか。私もそうだったし。そういう人には、こういう働き方もあるって、伝えてあげれたらなと思う。
もっといろんな働き方があったらいいなってずっと思ってるんですけど。
自分のやってきたことでしか、仕事ってできないじゃないですか。…だから、「新しく未知のことで、チャレンジしたいこと」っていうよりは、「いまの自分でできることで、求められること」で、仕事できたらなって。ずっと続けていくためにも。
ライターって、「無」なんですよね、どっちかっていうと。私が書きたいことがあるから書いてるわけじゃなくて、その対象であるお店だったり、人だったり、場所だったり、その人たちが語る言葉を持ってて、それをもとに書く。
その人たちが発する言葉とか、その人たちが思ってることを、私は言語化して、文章にしているだけであって、私が0から1にする、なにかを生み出すみたいなことでは、ぜんぜんないんですよ。
「自分の言葉で、なにか書きたいことがある」って人は、ライターじゃないんじゃないかなって思ってて。
たとえば、「ここの(いまいる)お店について良いところを書いてください」って言われたら、いろんな人に取材して、この店の特徴だったり、良さを書くんであって、「私が思う」この店の良さを書くんじゃないんですよ。
だから、そこに「私」っていう、「我」が出ない仕事だと思ってて。
記名の原稿で、「その人の主観で書いてください」っていう仕事ももちろんあると思う。でも、私がいまやってる仕事に関しては、私自身を出さない仕事の方が多いので、それがむしろ…やりやすいっていうか、よかったのかな。
取材をたくさんされるから、取材のおもしろさも知っているし。
そうですね。なにに対しても興味関心、好奇心、そういうのを持ってれば。
例えば、こないだ酒蔵に取材に行ったときも。
…そこって昔ながらの手法で、独特なおいしいお酒を造る、おもしろい蔵だったんですね。
すっごいおもしろくて、「これってどういうことですか?」って、個人的に気になっちゃって、ずっと聞いてたんですよ。
そしたら、「こんなにたくさん聞いてもらえたの、初めてです」って(笑)。私としてもすごい楽しかったし、その人も嬉々として「よくぞ聞いてくれました!」って楽しそうに話してくださったのが、すごく印象的で。原稿を書くのも楽しかった。
だから、なにに対しても興味を持って、話を聞くっていうことができるのは、もしかしたら得意なことなのかもしれない。
別に私、車とか興味ないんですけど、その人が例えば、すごいクラッシックカーが好きで、その車にすごい愛があって話してくれるんだったら、私、いくらでも聞けるんですよね。自分はまったくわかんないけど、でも、その人がそれに対して愛があるんだったら、「なんでその人はそんなに好きなんだろう」ってことに興味が湧くじゃないですか。
いままで取材したこととか、人とか、場所とか、全部おもしろかったし、おもしろくなかったことなんてひとつもないんですよね。
そういう意味では、この仕事をしててほんとに楽しいし…なんだろうな、天職って言ったらオーバーなんだけど(笑)。ほんとありがたいなーって思ったりします。ふふふ(笑)。
生活史を聞いて:ミニインタビュー 佐倉みゆきさん
「いま仕事がすごく楽しいんです」とおっしゃっていて。私もすごく嬉しくなっちゃって
1回目はお花屋さんのお母さん。いきなり伺って聞かせてもらったので、私から質問をくり出さないと進まなかった。
2回目は逆で行こうと思って。
最初ちょっと世田谷区の話があり、そのあと沈黙になった。でも質問はしないつもりでいたので、「お話ししてみたいこととかありますか?」と伺ったら、そこから大海に乗り出しちゃった。
話が進まなくなって。「なにを話せばいいかわからない…」と。本当に困っていらして。
こちらのこともすごく気にされて、「話さなきゃ」と頑張ってくれた。けど「『なんでもいい』だと、どこから取ればいいんだろう。大きな図書館で『この中から好きな本を取ってきてください』と言われても…すぐにはわからない」とおっしゃっていた。
私が大風呂敷というかいきなり大きな海に出て、舟を漕がなくなったから。
〝相手の漕ぐ舟に乗ってゆく〟と学んだものね。
にしても、もうちょっと上手く合いの手を入れられたらよかった。
別の話ですけど、去年、いろんな人にインタビューしてみたくなって。60歳を超えて、ひとり出版社を立ち上げた先輩が身近にいて、個人的にお話を伺ったんです。
お互いよく知ってるから、最初は通り一遍の話しか出ない。けど1時間過ぎたあたりからうわーって、いろんなお話が出てくる経験をした。
で、今回も1時間ぐらい懸命に顔を合わせていると、熱い鉱脈が出てきた。海の下の温泉のようなところからワッと出てくるようになって、「これなら話せる」って、すごく語ってくださるようになって。「この流れだ」とわかって。
閉店になったので、二人で場所を変えてつづけたけど、本当にいい時間だったんですよ。
フリーランスのお話がたくさん出てきて。「いま仕事がすごく楽しいんです」とおっしゃっていて。私もすごく嬉しくなっちゃって。
そっか。
やっぱり1時間ずっと向き合っていれば、絶対に鉱脈にあたる。距離もちょっと近づいて、絶対にいいお話が伺える瞬間が来るんだな、って。
だから今後は絶対に1時間以上いくつもりでお話をうかがう。そんな体験にもなりました。
話し手が「どうしよう」となったとき、すぐ助け船を出したり、先回りするのではなくて。
一緒にいてくださったんですよね。「みんなこういうときどうしてるのかな」とおっしゃりながら、すごく一緒に考えてくれていた。
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