300年続く野沢龍雲寺の次男だった細川晋輔さんが住職になるまでの道。京都時代9年の修行とモスバーガーが教えてくれたこと。<vol.1>

インタビュー

野沢・駒沢エリアにある「龍雲寺」は、「野沢龍雲寺」という愛称で親しまれているお寺です。住宅街の中にありながら、毎週日曜日の朝には坐禅会を開くなど、禅の教えを身近に伝える場として長年地域に根付いてきました。

「禅」とはそもそもどんなものなのか? わたしたちの暮らしにどんな関わりがあるのか? 遠い存在のように思える仏教や禅は、実は日々の悩みや選択、生き方そのものと深く結びついていました。

そんな禅についてお話してくれたのは、龍雲寺の住職・細川晋輔さん。全3回にわたってインタビューをお届けします。vol.1では、細川住職の生い立ちから京都での修行時代までを振り返りながら、その歩みとお人柄に迫ります。

中学生からお経をあげていたお寺の子

龍雲寺は元禄12年(1699年)から300年以上続くお寺ですが、龍雲寺の住職になったきっかけを教えてください。

【細川】きっかけといえば、まずはこのお寺で生まれ育ったということになります。龍雲寺の次男として育って、隣の中丸小学校に通って、三宿の中学高校に通って、大学は京都に進学しました。お寺を継ごうと思ったのは、20歳くらいだと思いますね。次男だったので、跡継ぎになるか微妙なところだったんですけど、兄が違う道を選んだのもあって、紆余曲折がありながらも、最終的にはお寺を守っていきたいと思って継ぐことになりました。

子どもの頃から、お寺の中で過ごされてたんですね。

【細川】そうですね。お手伝いはしてた方だと思いますし、お経も読めました。お寺の子ということはみんな知っていたので、小学生の頃は学級のペットがなくなると、お経をあげるなんてこともしていました(笑)。中学生の頃は、お盆になるとお坊さんの格好をして、父について一軒一軒、お経をあげにいったりもしてたんです。当時はそれが当たり前だと思っていて。途中から、うちは普通じゃないかも(笑)と気づきました。

それはいくつの頃ですか?

【細川】思春期とともにですね。ただ13歳からこの辺りをまわってるので、おかげでいろんなお宅や檀家さんとの関係も、築き上げることができました。

よく、寺は世襲は良くないって言われるんですけど、私にとっては世襲の良さもあるんじゃないかと。32歳くらいに京都から帰ってきて、副住職をしてすぐに住職になって、今年で10年目です。小さい頃からこの辺りを知っているので、例えば法事をしても「お久しぶりです」と言葉を交わしたり、何回忌のご法事の方を存じ上げていることも多いです。そこは世襲のいいところなんじゃないかなと。

お寺を継ぐときの心境はどうでしたか。プレッシャーはありませんでしたか?

【細川】確かに背負うものはあるなと感じてはいたんですけど、感じてもしょうがないというか。毎日を一生懸命に生きていたら、気づいたら10年経ってました。

いろんなことがあり、失敗もたくさん経験してきました。大河ドラマの指導の仕事をしたり、本を出すことになったり、今日のように取材を受けることもそうなのですが、10年前は想像もしてなかったことが、たくさんのご縁で結ばれていきます。いろんなものが繋がってるんですよね。

そういうご縁や繋がりは、禅や仏教の考え方とも通ずるところがあるんでしょうか?

【細川】ご縁というものを、すごく大事にします。目の前のことを一生懸命やってたら、次から次にいい出会いが来ることを、自分自身も実感しています。大河ドラマの指導にしても、もっとお歴々の方々がなさるような仕事なので、自分はまだ若すぎるのではないかと、不安も覚えるんです。そこで断ることは簡単ですが、受けたおかげでいろんな可能性が広がったり、自分の中での学びが多くありました。いただいたご縁を生かすのも殺すのも自分自身だというのは、仏教の考えにも、すごく合ってるんじゃないかなと思います。

住職として、毎日の過ごし方を教えてください。

【細川】朝5時に起きて、お経を上げて、掃除をします。寺の周りも掃除をしながら、通りがかりのいろんな人とご挨拶もします。そのあとはご法事があったり、お葬式があったり、坐禅会があったり。いろいろさせていただいて、夜は執筆活動をしてますね。日中だとノってきたときにチャイムや電話が鳴ったりしたら、集中が途切れちゃって書けないじゃないですか。なので子どもが寝静まった頃からが執筆の時間なんです。

眠るのは何時頃ですか?

【細川】1時2時という日もありますが、4時間ぐらいは寝るようにはしています。もうちょっと寝たいとは思ってるんですけど。修行中もあまり寝てなかったので、そんな毎日です。

それがもう普通というか。

【細川】坐禅中に寝ちゃってるのかもしれないですけど(笑)。

大切なことはモスバーガーのアルバイト時代に教えられた⁉

京都では大学で4年間学んだあとに、京都の妙心寺で9年間修行されたとか。9年の修行はとても長いそうですが、どんな修行をされていたんですか?

【細川】朝2〜3時ぐらいに起きて坐禅をして、お経をあげて、お昼は畑仕事をして、夜12時くらいまでずっと坐禅をするような生活です。本当によくそれで生活できるなと思うんですけど、お米は京都の方にお布施していただいて、味噌汁の具は畑で自分たちでつくってと、恵まれた環境でした。

ただお寺を継ぐために修行に行ったので、仏教を突き詰めたいとか、禅の教えを解明したいとか、そういう気持ちはほとんどなくて。

なかったんですか!

【細川】住職の資格は3年でもらえるので、とりあえず3年修行して龍雲寺に戻ろうと思ってたんですけど、自分の中で大きなきっかけがあって。そこからちゃんと禅と向き合ってみたいと思って、気づいたら9年経っていたんです。

きっかけというのは。

【細川】同期の方が亡くなってしまったのです。そのことが自分の中で消化しきれなくてですね。道場にいるんだったら、ちゃんと禅を極めれば、その問題に決着がつくんじゃないかと思って。そこがぼくのスタートだったと思います。

3〜5年で帰ってくることはできたんですけれども、結局倍以上の時間いました。20代はほとんど坐禅をしたり、畑仕事をしたりしていたので、青春は間違いなくなくなりましたね。

遊び盛りの20代にとっては、凄まじい生活ですね。

【細川】冷暖房もないし、テレビも新聞もないし、電話もないので、友達もいなくなりました。冬は寒いし、夏は暑いし、お風呂も入れない。22歳で急にそういう環境になったので、もっと青春したいというか、遊びに行きたかったです(笑)。友達の結婚式にも行けないどころか、招待状の返事すら出せないので、修行を終えて出てきたらみんな結婚してるような感じでした。

だから逆にいろんなものを手放せました。出てきてから、吸収したいという欲が自分にはあって。朝から晩まで坐禅をするのは、当時は大変だったんですけど、これまでの価値観がすごく変わりました。

大学時代はお寺に下宿させていただいてたんですけど、普通のアルバイト生活もしていました。モスバーガーの金閣寺店でアルバイトしてたんです、時給720円で。

モスバーガーで!

【細川】モスバーガーで働くなかで、すごく大事なことを教わりました。朝5時からキャベツを洗ったりするんですけど、モスバーガーのキッチンの中には「あなたがつくる、1日100個のハンバーガーは、お客様にとってはひとつです」みたいな言葉があって。

確かに僕らは毎日100個ぐらいは平気でつくってるんですけど、もしかするとお客さんは、その一個をすごく楽しみにして頼んでるかもしれない。その気持ちは今でもすごく大事にしています。ご法事にしても、坐禅会にしても、やっぱりうちにとっては月に何回かあることなのかもしれないですけど、先方にとっては大切な機会です。本当に一軒一軒、丁寧に一生懸命やろうという気持ちは、モスバーガーで教わりました。

チャーミングなお人柄が魅力の細川住職。全3回の2回目ではいよいよ「禅」とは何かに迫ります。「日々の暮らしに句読点を打つこと」そう語ります。

細川晋輔

東京都龍雲寺(臨済宗)住職。1979年東京都生まれ。大学卒業後、京都にある臨済宗妙心寺の専門道場にて九年間の修行生活をおくる。2013年より現職。地域のお寺として、禅の教えを広めている。著書に『人生に信念はいらない』(新潮新書)、『迷いが消える禅のひとこと』(サンマーク出版)、『禅の言葉とジブリ』(徳間書店)などがある。

text / Lee senmi photo / Wakana baba

『今日の駒沢』編集部

駒沢エリアの情報を発信するウェブマガジンの編集部です。駒沢大学駅に隣接した商業ビルの運営・施設管理・テナントへの賃貸業務を26年、株式会社イマックスが、駒沢エリアに住む人、働く人、活動する人…とたくさんの市民の方々と一緒に運営しています。「駒沢こもれびプロジェクト」を通じて、駒沢エリアに関わるすべての方々に役立つ情報を発信しています。

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