イラストレーター、オガワナホさんは「駒沢こもれびプロジェクト」のパンフレットのイラストも手がけてくださっています。
生まれ育った尾山台や、新生活を送った上野毛など、オガワさんの人生のそばにはいつも世田谷の風景がありました。ですが、その歩みを辿ると、高校時代の葛藤や、単身ニューヨークへ飛び出した大胆な一面も見えてきます。
はじめて自転車に乗れた駒沢公園の思い出から、名門パーソンズ美術大学で「描くこと」を一生の仕事にしようと決めるまで。オガワさんの感性を形作った原点のお話を伺いました。

ーー 現在は駒沢エリアにお住まいのオガワナホさんですが、生まれも育ちも世田谷だそうですね。
【オガワ】 高校まではずっと尾山台に住んでいました。大学でアメリカへいき、結婚を機に上野毛へ。駒沢に住み始めたのは10年ほど前です。結婚する前は高校時代の友だちと三軒茶屋に住んでいたこともありましたし、子どもの頃はよく駒沢公園に遊びに行っていました。なのでこのエリアは昔から馴染みがあります。そういえば、はじめて自転車に乗れるようになったのも駒沢公園でした。
ーー 生まれ育った尾山台と、結婚後に住んだ上野毛の間に、“アメリカ留学”があったそうですが、どのタイミングで海外へ行こうと思ったのですか?
【オガワ】もともと絵を描くことと、英語を使うことが好きだったんです。ただ、絵を仕事にするのは難しいだろうと、子どもながらになんとくなく感じていて。
英語は少しばかり得意なつもりだったので都立国際高校に進学したんです。でも、、、入ってみたらすごい落ちこぼれで(笑)。周りのみんなが本当に優秀で、「英語の世界もなかなか大変だな」と思いました。
それで学校に行くのが少し嫌になってしまって、サボって美術館に行ったりしていたんです。そうしているうちに、やっぱり絵を描くことが好きだなと改めて思うようになりました。語学も好きではあったので、「それなら海外の学校へ行ってみよう」と思い、準備を始めました。

ーー オガワさんはニューヨークのパーソンズ美術大学を選ばれましたよね。英語圏でもいろいろな選択肢がある中で、この学校に決めたきっかけはあったのでしょうか。
【オガワ】いつか、海外に出てみたいという漠然としたイメージはあったのですが、留学の検討はしていませんでした。高校に入学して落ちこぼれて、何に向いているのか悩んでいたころに、父の友人を訪ねて単身ニュージャージーへ行ったんです。
ーー ひとりで?
【オガワ】そう、ひとりで。それまで飛行機にも乗ったことがなくて、日本から13時間もかかることも知らずに行きました。
ホームステイ先の家に、美術史を勉強している人がいて、よくニューヨークのマンハッタンに連れて行ってくれたんです。いろいろな美術館も案内してくれて、16歳ながら「ここで勉強したい!」と思いました。この後、留学を決めました。日本に戻ってからもホームステイ先の人とやりとりを続けながら学校を探して、「やっぱり行くならアメリカだな」という感じでした。当時は円高で1ドル80円くらいだったとはいえ、送り出してくれた両親には感謝しています。
ーー 高校では少し悶々としていた中で、仕切り直して海外へ行き、やりたいことに出会えたという感じだったのでしょうか。
【オガワ】そうですね。ただ最初はやっぱり難しかったです。特に言葉が。
例えば「こういう画材を見つけてきてください」と言われても、英語の美術用語がわからない。とりあえず画材屋さんに行って、「ああ、これはこういう名前なのか」と知るところからでした。
それに、周りの学生はみんな自分の意見をはっきり言うんです。絵がすごく上手いかどうかよりも、ちゃんと話せる人の評価が高かったりして。私はそういうのがあまり得意ではなくて、少し苦しい気持ちもありました。

ーー 大学ではどのように専攻を決めていったんですか?
【オガワ】1年生はファウンデーションコース(基幹科目)で、デッサンや平面構成などの基礎を学び、2年生になると少しずつ専攻が決まっていきます。デザインにも興味はあったんですが、コミュニケーション量が多くなるんですよね。かといってファインアートをやるほど、自分の中から強く表現したいテーマがあるわけでもない。
そう考えると、イラストレーションがちょうどいいなと思いました。クライアントから課題をもらって、自分なりに解釈して絵にする。その仕事の形が面白そうだなと思って、そこでようやく自分の道が見えてきました。
その時点で、仕事としてやっていくイメージはありましたか?
【オガワ】できたらいいなとは思っていました。イラストレーション学科のゴールが「卒業後いかにフリーランスでやっていくか」だったので、ある意味、仕事にすることは前提になっていたのかもしれません。
ーー 卒業後はそのままニューヨークで活動されていたんですか?
【オガワ】はい。しばらくはニューヨークに残っていました。大学では「卒業後どうやってフリーランスで仕事を取っていくか」という授業もあって、ポートフォリオを作って出版社や雑誌社に持ち込んだりするんです。
雑誌を見ると必ずアートディレクターの名前が書いてあるので、その人に電話して「ポートフォリオを見てもらえませんか」とお願いしたり。出版社によってはポートフォリオデーという日があって、その日に作品を持っていくと見てもらえるんです。
当時はインターネットが少しずつ広がり始めたころで、自分でウェブサイトを作って作品を載せたりもしていました。そうしているうちに、日本の会社からもお仕事の依頼をいただくようになって。「ネットってすごいな」と思ったのを覚えています。
<後編に続きます>

オガワナホ
東京都世田谷区生まれ。高校卒業後渡米。ニューヨークのパーソンズ美術大学(Parsons School of Design)イラストレーション科を卒業。
雑誌、書籍、広告、テキスタイルなど幅広い分野で活動中。シンプルで軽やかな線と、独特のニュアンスを持つ色使いが特徴で、日々の暮らしや旅先でのスケッチから生まれる、温かみのある世界観が多くの支持を集めている。最新刊『くつした ど〜こだ?』(偕成社)。愛娘と保護犬のミニチュアシュナウザーとの暮らしも大切にしている。
『今日の駒沢』編集部
駒沢エリアの情報を発信するウェブマガジンの編集部です。駒沢大学駅に隣接した商業ビルの運営・施設管理・テナントへの賃貸業務を26年、株式会社イマックスが、駒沢エリアに住む人、働く人、活動する人…とたくさんの市民の方々と一緒に運営しています。「駒沢こもれびプロジェクト」を通じて、駒沢エリアに関わるすべての方々に役立つ情報を発信しています。
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