海外にいると言葉も文化も習慣もわかんないから、頼れるのは家族みたいなのはあったのかも
- 話し手
- 40代女性
- 聞き手
- いしやま なおみ
海外はどこへ行ってたんですか?
フィリピンに4歳までいて、その後小学校6年生から中3までブラジルにいて、中3から高3までアメリカに行って、結構転々と……。
感受性高い時期に海外へ。記憶に思い浮かぶシーンとかありますか?
ブラジルがいちばん印象的でしたね。小6から中3までいたんですけど。ブラジルって世界で日系人がアメリカに次いで2番目に多い国って言われていて、戦前に日本が政策的に移民を推奨して遠縁の遠縁の遠縁の人がその移民第1陣でブラジルに行ってる人がいて、その人たちはもう亡くなってるんですけど、第1陣で行ったその人たちの子孫が、日系2世、3世みたいな人がブラジルにいて。
もうまったく彼らは日本語喋れないんですけど、かろうじて苗字に日本語名残っている親戚もいたから、普通の駐在生活よりちょっと面白い生活を送ったから、ブラジルへの思い入れはあるかもしれない。
へぇー、どんなんだったんですか?
当時私がいたときとか、ブラジル人はオリンピックとかぜんぜん見ていなくて、でもワールドカップはみんな見ていて、ワールドカップでブラジルの試合になると会社も学校もお休みになるんですよ。おおらかですよね、ラテンっておおらか。「国民みんな応援せよ!」みたいな(笑)。
物理的に試合の日は道路が混んで帰れなくなるっていうのもあったんでしょうけど。
いいっすね。サッカー優先で学校休みって、めっちゃラッキー。サッカー以外に印象的なことはありました?
うーん、なんだろう……当時子供だったので、私は苦労はしてないんですけど。たぶん親はすごい大変だったんだろうな〜と。
いまみたいにインターネットがない時代だったし、ラテンの人っていい意味で大らかで、悪く言えばルーズなので。なにかが壊れたとかなにかの配達で、今日届ける、今日直すっていうのが、今日の午前中って言ってたのが、その日中に来たらいい方で、普通に1日、2日とか、来ないことがあって。いま思うと、日本ってちゃんとしてるよなって。
中学校ぐらいのときだったので「あーそれが普通かー」みたいな感覚。大人になってもあんまり気にしないけど、当時の親は大変だったんだろうな〜と。
でも、なんにせよ向こうの人は根明な気がします。優先順位がちゃんとしてるっていうか。家族やプライベートが大事で、まぁ仕事は生活に困らなければいいよね! みたいな。
そうなんですね。
私、楽しい、見て! みたいな(笑)
家に遊びに来る大人とか、その親戚の人とかみんなそんな感じだった。ちゃんと週末は友達を家に呼んで、お食事して会話を楽しんで、休みの日は1ヶ月、2ヶ月お休みとって、バカンスで消えちゃって〜みたいな。大人になって自分が仕事をしだすと、1ヶ月、2ヶ月休み取って毎年バカンスみたいなのって「おぉー」とか思いますよね。それでもちゃんと生活が成り立ってるっていう。
なんかね、皆さんマインドはポジティブだなって思うんですよね。
SNSの投稿一つとっても、誰に見られてるとか気にしない。自分が楽しい瞬間を共有してます!みたいな。日本人ってSNS一つあげるにしても綺麗に加工してキラキラ輝いている瞬間をアップしがちだけど、そういうのとか関係ない。自分楽しいから、私楽しい、見て! みたいな(笑)。
写真からでも伝わってくるんですね(笑)。
細かいこと気にしない感じがいいですよね。
そういう立ち振る舞いが、あーなるほどって
海外に行って現地の人に触れたりいろんな感覚に触れるけど、親との接点がちっちゃい頃いちばん多いかなと思うんですけど、ご両親も海外ナイズされてたこともあったりするんですかね?
たぶん父親は仕事上、海外と接点があるのであれですけど。うちの母親は日本語以外、本当に喋れない人だったんで、たぶんめっちゃ苦労してるし、フィリピンとかブラジルとアメリカにいたからって、海外ナイズされてるってわけでもない。
大人になってからきくと、母親は母親で色々苦労したらしくて……。
例えば、家に人を呼ぶときとかも、日本だったら冠婚葬祭で田舎に人が集まるときに、女の人は台所で料理の準備して出して、お酒出して下げて台所と行ったり来たりだったんだけど、そういうことを海外でしてたらうちの父親に「そうじゃないでしょ」って。「君はホストなんだから、ちゃんとホストとして会話しなさい」みたいなこと言われて、そういう立ち振る舞いが、あーなるほどって。
「海外で生活してお母さん変わったと思う」っていうことは言ってて。たぶん、それが日本に帰ってきてもそういう感じで我が家は昔から人が来ることが多かったかな。
へ〜、日本に帰ってきても?
うん、そうそう。私とか姉とかの友達を呼んでっていうのは結構よろこぶ。その場に私の友達がいるのに父親と母親が普通に座って(笑)。その輪の中にいて、で、一緒にご飯食べてるというのは結構あったかな。友達が両親がいて気にしなければぜんぜん、はいどうぞって感じ。
まぁ、いい意味で、海外にいると言葉も文化も習慣もわかんないから、頼れるのは家族みたいなのはあったのかもですね。必然的に、たぶん一緒に過ごす時間が多かったんだと思うんですよね。そんなんだから、随分と長く実家にいたんだと思うんですよ、私(笑)。
実家出たっていうよりは、いいセカンドハウスができたみたいな感覚かもしれない
いやいや、いいことですよ(笑)。実家が住み心地がいいってことじゃないですか。
うん、ね、よく言えば。
うんうん。家を出るとき、親は悲しんだりしなかったですか?
ぜんぜんなかったですね。いまでも一応徒歩20分ぐらいで、自転車だったら5分くらいで行ける距離なんで。なんだかんだペットの犬とか猫会いたさに週1で実家にいくから、実家出たっていうよりは、いいセカンドハウスができたみたいな感覚かもしれないです。
一人になってやっぱちょっと寂しいとかある?
あー、でも、それはあったかも。ここの家に引っ越してきて、それこそ家具とかなんにもないときとかめっちゃ寂しかった(笑)。普通に実家にいると、朝起きて「おはよう」とか会社から帰ってきて「ただいま」とか、もうないじゃないですか、一人だと。だから、1日家でテレワークしてるときとか、「あれっ、私、今日仕事以外で誰とも喋ってないかも」とか、最初の半年ぐらいは「あれ?」みたいな、「ちょっと寂しいかも〜」って週2、3回ぐらい実家に帰ってたときとかありました。
もともと人と一緒にここでご飯とかできたらなーと思ってた
それでも家を出たって感じなんですね。
そう。あー、でもなんだろうな、ここを買った理由は、元々家に友達とかは呼んでたんですけど、やっぱ実家は実家なんで、色々使い勝手とか人が集まれる家にしたいなと思って。
最初は私、実家をフルリノベーションしようと思ったんですよ。で、親に「リノベさせてください、もっと人が集まれるような家にしたいです。」って言ったら母親は「いいわね〜」っていって。
リノベ計画があったんですね。
最初は別に家を出るありきではなくて、人を呼んで親がいるのもいいけど、親に気兼ねなく人を呼びたかった。実家はいいところではあるんだけど、どの駅からも中途半端に遠くて、家を出るんだったら別に家も不便ではなかったから、もっと駅近で条件が合うのがあればって。
実際、どうですか? 新しく引っ越して、理想の暮らし?
平日は会社勤めしてるんでね、平日はもう朝出て夜帰ってくらいですけど。逆に週末は人を呼ぶことが増えたかな。もともと人と一緒にここでご飯とかできたらなーと思ってた。そういう意味で言うと、一人暮らししてよかったなって思う。
ちょうど私がこの家を買った2年ぐらい前に、私の周りの同級生が、パタパタパタって急に家を買いだして、家買うブーム?
それに影響されて。
うん、めっちゃ影響されました(笑)。
冷蔵庫に溜まってた食材が、みるみる減ってくと快感〜みたいな(笑)
…ちょっと話戻るんですけど、家で人を呼んでパーティーするのってどんな感じですか?
普通にホームパーティーですっていうのも好きだけど、今日朝ごはん、夜ごはん食べに行っていいですかってふらっと来てもらうのも嬉しいし…なんですかね…。
でも、たぶん、自分の中で台所に立つというのが、一種のストレス発散にはなってる気がします。だからあんま苦じゃない。みじん切りしてるときとか、無心じゃないですか。あと、冷蔵庫に溜まってた食材がみるみる減ってくと快感〜みたいな(笑)。

(笑)なるほど!
最近ここに移って友達とか知り合い呼んで、ご飯食べて「楽しいな〜」って。あと、自分がいいなと思って、生産者と仲良くなって「それをどう?」って言って、「美味しい」って言われて、その美味しいって言ってくれた人が、その商品を買ってくれたりするとちょっと嬉しい。そういう意味では、つくってる人と繋がるのが最近は楽しいかも。で、それをどうぞって出すのとか。
それこそなんだろうな、ちゃんとしたプロセスで、ちゃんとした思いを持ってつくってる人とかと会うと、余計なお世話ですけど、これ知ってほしいとか、純粋に応援したくなる感じ。
いろんな人と知り合うほど、新しいことをやってる人がとくに20代とか30代だと「頑張れ」っていうのはありますよね。
生活史を聞いて:ミニインタビュー いしやまなおみさん
いま住んでる街の駅の単位が、やっぱりいちばん熱い気はします
他の原稿と比べて、だいぶ短い(笑)。
「お話をあまり編集せずつくります」とはお伝えしていたんですけど、ありのまま過ぎる感じだったのか、イメージしていたものと違ったみたいで。
あと駒沢も出て来ませんよね。いや、いいんですけど(笑)。
(笑)駒沢にマンションを買って、お友だちを呼んで…とか。ご実家もわりと近くて、当日は多少されていました。けど、「あまり場所を特定されたくない」というのもあって、そのあたりもばっさりカットしましたね。
ひとりの個人の向こう側に、当たり前だけどその親がいて、親もその人の時代を頑張って生きていたんだなと思いました。
幼少期を海外で過ごして、親との接点は多かったんじゃないかな。でも親というか家族。すごくいい家族だな、と思いながら聞いていた。
お話の内容とか、彼女の記憶、興味関心、見えるものとしては本人が目の前にいるんですけど、思い返すと、その彼女の周りになにかこう本人を纏う(まとう)ものとして家族がいる感じがします。
「駒沢の生活史」はどうでした?
参加しているみなさんの印象が残っています。やっぱり、駒沢近辺に住んでいる方がより楽しそう(笑)。日に日に知り合いが増えて、みんなで同じプロジェクトに取り組んでいて。
住んでいる場所に興味を持つきっかけにもなってて、すごくいいなと思う。
私も前は弦巻に住んでいたけど、いまは下高井戸で。自分の近辺でこういうプロジェクトがあったら楽しめそう。
一駅違うだけでも、愛着度って違うなと思って。隣駅の明大前だとそんなに惹かれない(笑)。いま住んでる街の駅の単位が、やっぱりいちばん熱い気はしますね。
まだ2年ぐらいしか住んでないけど。
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